Thai Jogging Magazine – Monthly Column – 2015 March – ROUTE 66(タイジョギングマガジン2015年3月号月次連載 – ルート66)

Thai Jogging Magazine, 2015 March edition, has been published.
タイジョギングマガジンの2015年3月号が発行されました。

This is my monthly column in Thai Jogging Magazine, both in Thai and English.
僕の連載部分をシェアさせて下さい。
原文はタイ語と英語ですが、下部に日本語訳を付けました。

This time, I write about “Route 66.”
今回は、ルート66についてです。

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1、もう一つの夢 – 2足走行によるルート66の完全走破
 僕の夢は、2足走行でアメリカ大陸5,000KMを横断することです。しかし、今回、もう一つの夢も実現しようとしています。サンタモニカからシカゴまでのルート66全行程3,945KMの2足走行走破です。

2、ルート66とは?
 ルート66は、アメリカで最も古いハイウェイの一つで、”Will Rogers Highway”、”Main Street of America”、 ”Mother Road”とも呼ばれています。ルート66は、1926年の11月11日に国道に指定されましたが、 その後に建設/整備された州間高速道路網の発達により、その役目を終え、1985年6月27日に廃線と成りました。イリノイ州のシカゴから、ミズーリ州、カンザス州、オクラホマ州、テキサス州、ニューメキシコ州、アリゾナ州を通り、カリフォルニア州のサンタモニカまで繋がっており、総距離は3,945KMです。現在ルート66は廃線となり、正式に地図からは消滅していますが、今でもほとんどの部分を通ることができます。

3、僕がルート66を大好きな理由
 僕は、ユニークなモノ/ヒトが好きです。唯一無二なモノ。オリジナルなモノ。そういうモノが好きです。僕の店にはアンティークなモノがギッシリですが、アンティークも唯一無二なモノが多いので、好きです。 ルート66を通ると、非常にオリジナルでユニークなものに出くわします。まだルート66がアメリカのメインハイウェイだった頃には、カフェ、モーテル、ガソリンスタンド、スーパーといった数多くのビジネスが営まれていました。
その後、州間高速道路網に取って変わられ、ルート66が廃線になってからは、そういった多くの店は廃業していきました。しかし、今でもルート66を旅すると、当時の面影を残したオリジナルのビジネスに出くわすことができます。コピーやレプリカでなく、唯一無二のオリジナルです。僕は、例えば、コピーやレプリカをたくさん使ったアンティークカフェには全く気を引かれません。それは、誰にでもできますからね。ルート66で、僕が本当に気を引かれるのは、唯一無二の誰にもコピーできないものです。ルート66では、まだ、当時のオリジナルを残した、オリジナルの人が経営するカフェ等を見つけることができます。そして、それらの現存するビジネスの多くのパターンが、いわゆるパパママショップと言われる、夫婦で切り盛りされる小さな所帯です。ルート66では、そういう空間で、時間がゆっくりと流れて行きます。
僕は、時間がゆっくり流れるルート66のオリジナルの小さな店の雰囲気が大好きです。僕は奥さんとバンコクで小さなカフェを営んでいます。そのカフェは、ルート66沿いに出くわしそうな、そんなイメージ、雰囲気です。そして、僕達のカフェも、典型的な小さなパパママショップです。

4、僕は、アメリカ横断をする時に、敢えてルート66を通ります
 僕は、ルート66を何度も旅行しました。シカゴからサンタモニカまでの全行程を一気にドライブしたこともあります。しかし、いつ頃からか、この道の全行程を、自分の足で走ってみたいと思うようになりました。それだけ、この道のことが好きなんです。ルート66を自分の足で踏みしめながら、ルート66の気、人を、車でじゃなくて、身体全体で思いっきり感じたいと思っています。
歴史上、500人ぐらいの人達が、走ってもしくは歩いて、アメリカを横断したと思われます。しかし、現在、アメリカ横断者でルート66を走る人は非常に少ないです。選択ルートがたくさんある現在では、ルート66を通ると全体の横断距離が長くなるため、敢えてルート66を選ぶ人は皆無です。
長くなる。そんなことは分かっています。でも、僕は、ルート66を通ります。僕には、66以外ありません。とにかく好きだから、66を通ります。

5、世界初のアメリカ横断レース – Bunion Derbyレース (1928年)
 1928年3月4日午後3時30分、カリフォルニア州ロサンジェルス、199人のランナーがスタートを切りました。84日後の、同年5月26日にゴールをしたのは、わずか55人。それが、世界初のアメリカ横断レースでした。
このBunion Derbレースを制したのは、オクラホマ州出身のAndy Payneでした。そして、このレースは、ロサンジェルスからシカゴまでのルート66全行程を通りました。(前述の通り、当時は、他の選択ルートが皆無だった。)
このBunion Derbyレースと同じルートを辿りたい。それが、なぜ僕が今回ルート66の全行程を走破したいのかの、もう一つの理由です。77年前にルート66を駈け、アメリカを横断したランナー達が何を想ったのか?その想いに近づきたくて、僕はBunion Derbyレースのルートを辿ります。

6、ルート66商工会議所とのコラボレーション
 ルート66商工会議所の創立者兼所長のロンハートさんにコンタクトをさせて頂きました。ルート66全行程走破のアメリカ横断プロジェクトを説明したところ、非常に共感して頂き、サポートを快諾頂きました。尚、ロンさんにはアメリカ横断プロジェクトのプロジェクトメンバーに、同所にはプロジェクトの協賛組織にそれぞれ成って頂きました。
ルート66を走る時に、この道の素晴らしさを、全世界の友達にシェアしたいと思っています。そして、ロンさんと、ロンさんのルート66のお友達に思いっきり助けてもらおうと思っています。ロンさんと彼のお友達にお会いするのが、本当に待ち遠しく、ロンさんとのコラボレーションを思いっきり楽しみたいと思います!

7、皆さんにお願いです!!!
 Facebookをお使いでしたら、是非、ルート66商工会議所のFacebookページに、いいね!をお願いします!!!(ページ名は、”Route 66 Chamber of Commerce”です。)

今回は、以上です。

来月4月号では、クルーメンバーについて書きます。

ありがとうございます。

K

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